公開済キリスト教世界 ストイケイア9滅びに定められているストケイア

隠されているもので知られずに済むものはない - [ 黙示 ] に関する考察

「覆われているもので現されないものはなく、隠されているもので知られずに済むものはないからである。」(マタイ 10:26)
「暴かれるためでないのに隠されているものはなく,あらわになるためでないのに注意深く秘められているものはありません。」(マルコ 4:22)
「隠れているもので、あらわにならないものはなく、秘められたもので、人に知られず、公にならないものはない。」(ルカ 8:17)
「ですから、主が来られるまでは、先走って何も裁いてはいけません。主は闇の中に隠されている秘密を明るみに出し、人の心の企てをも明らかにされます。」(コリント第一 4:5)
「覆われているもので現されないものはなく、隠されているもので知られずに済むものはない。だから、あなたがたが暗闇で言ったことはみな、明るみで聞かれ、奥の間で耳にささやいたことは、屋根の上で言い広められる。」(ルカ 12:2‐4)

「ある人々の罪は明白でたちまち裁かれますが、ほかの人々の罪は後になって明らかになります。同じように、良い行いも明白です。そうでない場合でも、隠れたままのことはありません。」(テモテ第一 5:24‐25)

これらは、明確な預言と言うよりは「神の摂理」ともいうべきもので、いずれ必ずこのようになる、という類の表現かも知れませんが、次に挙げる明確に「預言」として記されているペテロの記述を「秘密の暴露」という観点から捉えてみたいと思います。

「主の日は盗人のようにやって来ます。その日、天は激しい音をたてながら消えうせ、自然界の諸要素は熱に熔け尽くし、地とそこで造り出されたものは暴かれてしまいます。
このように、すべてのものは滅び去るのですから、あなたがたは聖なる信心深い生活を送らなければなりません。
神の日の来るのを待ち望み、また、それが来るのを早めるようにすべきです。その日、天は焼け崩れ、自然界の諸要素は燃え尽き、熔け去ることでしょう。」ーペテロ第Ⅱ3:10-12 新共同訳

この聖句について、一部の人々は、文字通り「地球、宇宙の破滅」と捉えているようです。また、ほとんどの聖書学者、牧師、聖書注釈書は、「終わりの日に天変地異が生じる」「この地球と天体は滅び去る定めにある」と言うような解説をしています。そして続く節も文字通りに新たな天体と地球が造り直されると述べる牧師などは少なくありません。

さて、ちょっと話が逸れましたが、まあ確かにペテロの記述は難解です。中でも特に、難解とされているのは、10 節、12節の「自然界の諸要素」という表現です。
これはギリシャ語で「στοιχεῖα ストイケイア」と言う語ですが、その意味は「天体、原基、要素、初歩的な原則」などとされていますが、あまりにも広範な意味と漠然とした表現の故に、実に様々な解説があるようです。
一例を挙げますと次のようなものです。

ストイケイアが使われているペテロ以外の他の聖句:
ガラテア 4:3;4:9、コロサイ 2:8、20、ヘブライ 5:12

「信仰が現れる前には、わたしたちは律法の下で監視され、この信仰が啓示されるようになるまで閉じ込められていました。 こうして律法は、わたしたちをキリストのもとへ導く養育係となったのです。わたしたちが信仰によって義とされるためです。 しかし、信仰が現れたので、もはや、わたしたちはこのような養育係の下にはいません。」(ガラテア 3:23 -25)

それでパウロは、律法の役割を「養育係、監視役」というイメージで捉えていたことが分かります。
それをまた、別の「ストイケイア」で表現していることが分かります。

コロサイ 2:8、コロサイ 2:20 の考察:
「人間の言い伝えにすぎない哲学、つまり、むなしいだまし事によって人のとりこにされないように気をつけなさい。それは、世を [ 支配する霊 ](ストイケイア)に従っており、キリストに従うものではありません。」コロサイ 2:8
(字義訳:「それはキリストによらず、世のストイケイアによるもの)
「あなたがたは、キリストと共に死んで、世を [ 支配する諸霊 ](ストイケイア)とは何の関係もないのなら、なぜ、まだ世に属しているかのように生き・・」(コロサイ 2:20)

ここでも、続く文脈からパウロが「ストイケイア」という語にどのような意味あいがあると理解していたかが分かります。

「手をつけるな。味わうな。触れるな」などという戒律に縛られているのですか。これらはみな、使えば無くなってしまうもの、人の規則や教えによるものです。」(2:21,22)

コロサイから分かるのは「人間の言い伝え、哲学、戒律、人間の規則や教え」などが「世のストイケイア」によるものとしていることが分かります。

アメリカン・キング・ジェームズ版
しかし、主の日は夜に盗人として訪れる。が大きな物音をもって過ぎ去り、その勢力は熱気で溶け、もそこにあるものも、そこにある業も焼き払われる。

これらのことをふまえて、改めてペテロⅡ 3:10 を考えますと、そこで挙げられている四つのもの、つまり「天」「ストイケイア」「地」「地の業(地で造り出されたもの、地の中のなりわい)」という表現を分析しますと、二つにまとめられると考えられます。つまり「天と天の業」、そして「地と地の業」ということです。

これはすなわち、これらが過ぎ去った後に「新しい天と新しい地」があると言われているように「今ある天と地」とは人間を支配してきた側と支配されてきた側という意味であろうと思われますので、その意味するところは、分かり易く表現すれば「政府とその法令など」と「人類社会とその常識」
(その中には当然、あらゆる宗教上の誤った慣行、教理なども含まれるでしょう。)
などの人間を奴隷にしてきた要素は全て、火によるかのように跡形もなく完全に消滅する、そしてその具体的な手だてが「白日の下にさらされる完璧な暴露」ということでしょう。

そして、新たにキリストとその花嫁が王また祭司となって 1000 年間治め、その元に、人間製の法律や常識の奴隷状態から解放された新しい人類社会がその後に続くという事だと考えられます。
さて、この預言が成就するタイミングですが、これは「主の日」に起きるとされています。つまり「終末期」であり、これは後半の3時半、42 ヶ月、二人の証人による証しの業によって決定的なものになるのであろうと考えられます。

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